『母の想い出』@ 『母の想い出』@
※昭和四十六年十二月十三日初稿
 
『母の想い出』


一、母の生い立ち


 母(クラ)は、明治十五年に、福岡県朝倉郡三奈木村大字三奈木(現朝倉市三奈木町大字三奈木)に、父政本孫兵衛、母モモの長女として生まれました。政本家は代々黒田家(福岡黒田家の分家)に仕え、足軽をつとめていました。
 ちなみに続柄は図のとおりである。
 母の両親は五人の子女を抱え、わずかな扶持での家の暮らしは決して豊かであったとは思えない。今は、母の幼少の頃のことを知るべき術もないが、五人の兄弟の中でも、一番信仰心の深かったことは、母の一生の生活態度によってうかがうことができる。
 母は二十歳にして、隣村(約四粁)立石村大字堤一一七〇番地(現朝倉市大字堤)、矢野仁吉郎のもとに嫁いだ。 ちなみに、長男熊吉は近家より妻をめとり、のち福岡市に住居をもつ。
 次女ヤスは、福田村大字小田(現朝倉市小田)小島家に嫁し、のち福岡市吉塚に住む。
 次男孫六は、実家にありて政本家を継ぐ。



 
(つづく) 

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